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 応援Message


 「再生ネット」の運動に対しましては、各方面でご活躍の皆様から暖かい応援メッセージを頂いてまいりました。皆様からのメッセージを引続きご掲載させていただきますとともに、「応援ネット」への一層のご支援を重ねてお願い申上げます。

 
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山田 洋次(やまだ ようじ)様 >>
中村 齋(なかむら いつき)様 >>
加藤多一(かとう たいち)様 >> 
 
櫻井寛(さくらい かん)様 >> 
川島令三(かわしま りょうぞう)様 >> 
藤代東洋夫(ふじしろ とよお)様 >>

 

私のお願い

山田 洋次  

 1979年、道東で撮影した映画『遥かなる山の呼び声』のトップシーンは、綿パンにジャンパーを羽織った高倉健さんが、どこまでも一直線に伸びる標津線の上を、その長い脚で枕木を踏みしめながらうつむき加減に歩いてくるロングショットでした。
 今、あの線路は跡形もありません。駅前に肩を寄せあうようにして建っていた木造の宿屋や小さな食堂も、とっくに無くなってしまいました。
 北海道の鉄道は北海道に住む人々の歴史的な遺産であり、広々とした牧草畑を縫うローカル線、思い出がたくさん詰まった小さな駅舎やプラットホームのある風景は北海道の文化だと言っていい。その鉄道が次々に消えていくことを、北海道に昔から暮らしてきた人々はどれほど悲しく、また悔しく思ってきたことでしょうか。
 その最後のローカル線ともいうべき銀河線が風前の灯ときいて、北海道を愛する人間の一人として心をいためています。鉄道を必要とする老人、障害者、学生のためには勿論、北海道の文化として、北海道に住む人たちの心の支えとしても、是非是非この鉄道を残していただきたいと思います。一度壊してしまったらもう二度と、永久に戻って来ないのです。
 銀河線が永久に保存されることを、映画監督の一人として強くお願いします。

〔ご紹介〕 映画監督、脚本家、関西大学大学院客員教授、作品>>
(2005年11月)


ふるさと銀河線の存続は当然の事 子々孫々に思いを致し

中村 齋  

 日本の国益のためだけに行われた、明治2年からの北海道開拓政策に、鉄道が果たした功績ははかり知れないものがある。
 明治10年に開通した小樽、幌内間の鉄道を始まりとして、その後は線路が道内を網の目のように覆った。それでも、佐呂間と常呂を結ぶ湧網線が開通したのは、戦後の昭和27年のことであった。開拓以来80年の辛苦の後にである。
 激しい労働の開拓者たちが、生命を守るために徒歩で何里もの道を歩かなければならなかった苦労が、やっと解消し、子どもたちの通学も容易になった。そのことでこの地域の開拓がどれほど安定したかしれない。
 それが、自動車の発達と自動車道の整備という新しい開発政策によって、道内の鉄道網が急速に後退し、今は明治期の鉄道規模に縮小してしまった。長年の念願だった湧網線も昭和62年に廃止されてしまった。
 そもそも、開拓地の鉄道は、運賃だけで経営を考えるものではない。「開拓」という一大プロジェクトの国益のための投資と考えるべきである。
 ふるさと銀河線の廃止も、その線だけの経済効率で廃止が決まったのだが、若者を含めた住民の定着や地域振興が新しい課題となっている現代の、鉄道の未来像を考えて廃止すべきではない。
 経済効果最優先の今日の政治が侵している最大の罪は人間性の喪失を招来していることだ。
 ふるさと銀河線廃止は、心の「ふるさと」をないがしろにする価値観を象徴している。
 納税義務者として、為政者に対して国家100年の計という政治哲学に拠る施政を求めたい。
 ふるさと銀河線の存続は当然の事だと気づくはずだ。
 利用者の側も、当面の問題を超えて、子々孫々の時代に思いを致して死守すべきだ。

〔ご紹介〕 上湧別町ふるさと館>>名誉館長、アイヌ民族博物館>>館長
(2005年10月16日)


人は物語に生きる

加藤 多一  

 葬式不用・墓はいらん−と思い定めている私だけど、地球上の全ての生命体に対して霊長目ヒト科ヒトとしての責任のようなものは 感じている。
  人(ヒト科ヒト)が他と分かれて進化したポイントは、死者への気持だ、といわれていて、身近な人の体の死に対して愛惜と悲しみと葬いの気持ちが、他の種と違うのだという。
  私はそれを、その人が持っていた物語(人生のいろいろなこと)への関心・愛着と考える。すべての人は、みな「物語」をもっている。それには、過去も未来もある。
  つまり、人は『現在形』だけに生きるのではない。
たった今の経済的(市場価値)理由だけで、判断してはいけない。 「ふるさと銀河線」は、したがって人々の体の中に生きる「物語」となる。祖父母の思い出や同窓会や法事に、投資効果はないけれども、物語であるがゆえに、人は大切にするではないか。 
−ましてや、資産をもち(赤字があったとしても)、運営次第で存続可能な公共交通機関をつぶす理由は弱い。
  老人(私もその仲間)や子供や障害者などクルマに頼れない人々にとっては、物語どころか生活が危ない。通院のたびに肉身であってもクルマを出してくれと頼むのがつらくなると、地域生活の希望も喜びも消えるのだ。
  線路跡を道路にする案があるらしいが、いかにも土建業者が喜びそうな話だ。
  累積赤字についても、ようく考えたい。学校給食や障害者福祉事業や平和外交や防犯事業は赤字が当然。地域の根幹鉄道もしかり。


〔ご紹介〕
 紋別郡滝上町出身、童話作家、オホーツク文学館長(オホーツク文学館>>
(2005年9月)



高速道路なんか要りません!

櫻井 寛  

 「ふるさと銀河線」の代わりに、高速道路を建設するそうですが、鉄道と道路はまったく別のものです。鉄道の代わりを自動車ができると思ったら、大間違いです。なぜなら、18歳未満や、高齢者が車を運転できるのでしょうか?また「ふるさと銀河線」の沿線、ことに小利別付近は北海道でももっとも冷え込む地域です。マイナス10度、20度ともなれば、高速道路はアイスバーンと化します。危険極まりない状況です。一方、鉄道はどうでしょうか?大雪(これは自動車も同じこと)で止まることはあっても、寒くて線路がアイスバーンになりスリップ事故を起こすことなどありません。鉄道は老若男女、誰しもが利用できる安全な乗り物なのです。
  さらに、欧米先進国では、自動車ではなく、鉄道が見直されています。言うまでもなく、地球温暖化の抑制のためです。地球環境に優しい鉄道を廃止してまで、高速道路建設を促進するとは、行政の考え方は明らかに時代に逆行するもの。まるで金脈時代の「日本列島改造論」と同じではありませんか。過去の例をみるまでもなく、高速道路の建設は、道路族議員と建設業者だけが潤うものであり、決して地元に住む人たちの利益にはならないものです。騒音、排気ガス、車から投げ捨てられるゴミの山、交通事故、そして野生動植物たちの環境変化。高速道路なんて悪いことだらけではありませんか。
  今こそ地球のためにも、高速道路ではなく、「ふるさと銀河線」が必要なのです。


〔ご紹介〕 フォト・ジャーナリスト、プロフィール(シンフォレストHP)>>著作本(楽天ブックス)>> 

(2005年9月) 



ローカル線の刷新は銀河線から

川島 令三  

 私は全国の鉄道を分析してきた。そのなかで俗にいわれるローカル線については、ただ 走らせているだけではいずれ廃止になる。お年寄りや高校生など交通弱者のため、あるいは地球環境をよくするために鉄道があるというのは大事だが、クルマ利用をやめてまで鉄道を利用する気になるよう、道路よりも便利にしなくてはならないという持論がある。
 そのためには都市間高速鉄道、あるいは通勤や旅行に便利な鉄道にするということが必要、つまり使う気になる鉄道にしなければと思っている。
 銀河線は現在のところ超ローカル線であり、利用率も全国の鉄道で最下位のランクにある。そういったことで現状では廃止届けが出されてしまいました。
 しかし、銀河線は少し手を加えれば使える鉄道に変身できます。沿線から札幌や新千歳空港に向かう場合はクルマで新得に行って、そこからJRの特急に乗るというのがセオリ ーだと聞きます。とくに冬はそうしている人が多いようですね。ここに置戸、陸別、足寄、本別などに停車する特急を走らせると銀河線を利用しようという気になるはずです。
 逆に札幌や新千歳空港から銀河線沿線や北見、網走への足としても特急を走らせることで利用されるようになります。とくに北海道の玄関空港である新千歳空港からは時間が短縮され、観光客の入り込みが期待できます。
 そういうことをするのなら女満別や帯広空港を整備したほうがいいし、石北線を高速化すれば、それで事足りる。しかし、空港整備は費用がかかりますし、新千歳空港にくらべると、両空港の発着便がはるかに少ないのは将来にわたって続きます。
 石北線は古いトンネルが多くて、今後、新トンネル掘削で多大な費用がかかるということもあります。
 銀河線はトンネルがまったくない。急カーブも比較的少ない。結局、高速化の費用は安価ですみます。さらに高速化といっても石北線のような完全な方法をとらなくても、少し手を加えれば今よりも非常に速くなります。
 ローカル線といわれる路線でも、高速特急が走っているために黒字の路線あります。たとえば新潟の北越急行線、兵庫と岡山に路線を持つ智頭急行線などです。
 観光客は線路のないところは敬遠します。最近は海外から北海道への観光客が増えているが、個人海外観光客が北海道のどこに行くかの判断は、線路があるかないかで決めることが多いのです。線路があれば安心できるからで、これは国内の人々でもそうと言えます。
 こういうことはだれでも分かることですが、銀河線を廃止に追いやった人々は、道路の方がいいとして、そのような理屈を排除して廃止を決めてしまいました。
 全国的に見てもクルマ社会の反省が出てきて鉄道の復権がいわれているときなのに、これは時代に逆行した行為です。
 超ローカル線といわれても、池田と北見を結び、両駅でJRと接続していることから、高速特急のネットワークに組み入れれば重要な足になることは間違いありません。
 今回の衆議院選挙で鈴木宗男氏が当選されました。鈴木氏は道理がわかる政治家だと思いますし、銀河線に特急を走らせることによる効果もご存じだと思います。
 銀河線を蘇らせることができれば、同様に危機が迫っている全国のローカル線にとって、より良い見本になるでしょう。
 皆様の努力と熱意で、廃止から一転して刷新されることを祈っています。


〔ご紹介〕 鉄道アナリスト、 鉄道友の会会員、川島令三の全国特急案内HP>> 

(2005年9月) 



環境保全に役立つ鉄道を廃止するという愚の骨頂を冒してはならない
            レールを一度剥がしたらふたたび敷かれる事はない

藤代 東洋夫  

 ふるさと銀河線の「再生運動」にとって、いま有利な条件がいくつか出てきたと思います。
 一つ目は、「知床半島」が世界自然遺産に登録され、観光客の利用交通機関として鉄道を考えた場合、ふるさと銀河線が注目されます。
 「知床半島の自然が世界遺産になったということは、これを将来にわたって保全するという大きな責任を、日本人が全世界に負った」(岩城謙吉北大名誉教授)ということでもあり、世界から多くの観光客が知床半島に訪れるものと思われます。それらの観光客を、JR石北本線や路線バスではまかないきれません。やはり、ふるさと銀河線が必要です!をアッピールしていく必要があると思います。
 二つ目は、国の地方鉄道への施策が変化しはじめていることです。
 2003年に「地方鉄道復活のためのシナリオ?鉄道事業者の自助努力と国・地方の適切な関与?」を公表し、"国は地方鉄道問題に今まで以上の関与をしていくべき時期に来ている"とし、国の具体的役割を明らかにしました。そして、2005年度からは「地方鉄道の再生に対する支援」を決め取り組んでいます。不十分ではありますが、国として地方鉄道を支援する方向に向いてきたと思えます。この鉄道に対する追い風を大いに活用したいものです。
 三つ目は、何といってもふるさと銀河線再生ネットワークの存在と運動だと思います。この運動の熱意が「岡山電気軌道」の幹部の心をとらえ、話し合いがもたれたことはうれしいニュースです。「再生ネットワーク」が沿線住民の多くを結集し、住民が主人公の運動になれば沿線自治体首長を動かすことも可能になると確信します。
 「再生ネットワーク」が大きな運動体になるためには、誰でも参加できる条件(例えば会費3000円をもっと低い金額にするなど)にしていくことが求められると思います。
 皆さんの運動が少しずつ事態を変えているように思えます。 今大事なことは、諦めないこと、あらゆる可能性を追求することでしょう。


〔ご紹介〕
 ふるさと線を守る東日本連絡会事務局長、 ふるさと線を守る東日本連絡会掲示板>> 

(2005年9月)